松下村塾―教育の原点をさぐる (現代教養文庫 1110)

松下村塾―教育の原点をさぐる (現代教養文庫 1110) の詳細

『戦後日本の良心的な教師は、戦争中の反省から、「子供を戦争に送るな」という言葉を、一貫してかかげて、教育活動にとりくんできた。たしかに、その言葉は、それなりに、意味をもっているし、それに、ケチをつけようという気持ちは、私にはない。しかし、この言葉には、教育というものを、子供が受動的にうけとめるものだと考えるところがある。それは、今日の教師が、教育は子供を守るものであり、子供に与えるものであるということを考えていることを意味する。これと、吉田松陰が、その子供を死地においやって、子供自身に、心魂を鍛える機会をあたえ、その人間的自立を戦いとらせようとしたこととは、非常な違いがある。彼は、教育というものを、徹頭徹尾、自己教育であると考え、子供自身に、その考え方、生き方を戦いとらせるしかないと考えた。子供をまもるというところから、戦後の過保護の教育が生まれ、かえって、人間不在の教育になったのに対して、松陰の教育はその子供とともに、悩み、苦しみ、模索する教育となり、人間存在の教育となったのである。そのために、松陰が教育というものをいかに厳しいものと考え、自らの識見の不足、自らの教育行動の限界を痛感したかということは、大変なものであった。それ故に、また、近代日本を生みだす原動力となった人々を、数多く育てあげることも出来たのである。しかし、松陰の教育の偉大さは、そこにあるのではない。むしろ、松陰に接した塾生一人一人に、もっとも充実した人生、意味のある人生のあることを知らせて、そういう人生を実際に戦いとらせたということにある。生きがいのある人生を送れるように、彼らをつくりかえたことにある。近代日本も、彼らの人生が変った結果、付随的に生まれたものでしかない。その意味で、生命を喪失しつつある今日の教育を考える時、松陰の教育を今一度ふりかえってみることは、ぜひとも必要なことではあるまいか。それは、必ずしも教育界にかぎったことではない。松陰と塾生との間には、真に生き生きとした関係、充実しきった関係がある。そういう関係を可能にする＜秘密＞がある』以上、著者池田諭氏ご自身による「はしがき」に本書の“すべて”が吐白されている。読者かたがたは読了後、松陰先生の教導を受けし塾生らによる明治維新断行の原動力の＜秘密＞を必ずや看取されることであろう。まさに『至誠にして動かざるものは未だこれ有らざる也』である。「松陰先生の至誠」ならびに「松下村塾の偉容」を余すところなく、かつ、明々白々に書き記された著者に、レビューワーは頭を垂れつつ、末筆ながら、衷心より深く感謝申し上げる次第である。