イーロン・マスクの世紀

イーロン・マスクの世紀 の詳細

イーロンマスクの世紀兼松雄一郎著タイトルを見ると、またもイーロン マスクの提灯本かと、最初に本屋で手に取ったときはすぐには買わなかった。だが、今度初めてシリコンバレーに足を運ぶことになるかもしれないし、相変わらずマスクとテスラは、メディアを賑わしているからと、思い直して読み始めてみると、これが面白かった。最近は、GAFAなどと呼ばれ、ミレニアム前後に操業したかつてのスタートアップが巨大化しグローバル化して、国家を凌ぐほどの勢力をつけた時代を象徴するが、もちろん本書にも、Google, Apple, Facebook, Amazonの4セットは登場する。しかし、そのGAFAも、イーロンマスクという男のビジョンと事業の気宇壮大さの前にはかすんで見えるほどに、この南アフリカ国籍を持つ眠らない男は、ありとあらゆる創意と独断をもって、電気自動車から自然エネルギー事業、宇宙開発、地下トンネルで都市間のインフラ作りから、AI開発やバイオテクノロジーまでと、いろんな事業を猛烈に手掛けているらしい。マスクについては、経営が火のクルマのテスラや廉価なロケット打ち上げに成功しているらしいスペースXなどで日本でも一応知られてはいるが、彼が手がけるプロジェクトがこれほどに多様であると知っている人は少ないのではないだろうか。マスクが、「テクノロジーは人類の未来を切り開く」といった信念で休むことなく突き進む姿は、19世紀の西部開拓、1960年代の有人宇宙開発競争を彷彿とさせ、確かに21世紀版のフロンティア開拓者のごときであろう。しかし、テクノロジー礼賛者かと思えば、AIは制御すべきといい、ザッカ―バーグのFacebookはこき下ろす。アップルは、シンプルで良いデザインだが単純な製品だと素っ気ない。本書では、テスラについては、黎明期の天才自動車事業家ヘンリーフォードから現代の巨大企業トヨタまで引き合いに出して論じ、スペースXでは、アポロ計画から説きお越し、今の火星移住プロジェクトや同じく宇宙開発に乗り出しているAmazonのジェフベソスとも比較する。著者は、日経新聞の駐在員として5年近くに渡り、シリコンバレーを拠点にして、アメリカの知の最前線で起業する数多くのパイオニアやインテレクチュアルズを取材している。同時に、過去の歴史や産業史をしっかり勉強していており、マスクの事業に、しっかりとしたパースペクティブを与えている。あとがきで著者自身が語っているように、「イーロンマスクという人間をダシにして、アメリカの今を切り取ろうとしたもの」であり、それは見事に成功している。イーロンを中心とする現在の産業界のダイナミックな躍動を、エジソンやフォード、スティーブジョブスがかつて師事したという「whole earth catalogue」の編纂者であるスチュアートブランドといったアメリカの産業史を作ってきた人たちを引き合いに出し、一方では、ツイッター中毒の点でトランプ大統領とマスクの類似性を指摘し、バーニーサンダース人気に沸いたシリコンバレーには、マルクス主義2.0が醸成しているとみるなど、社会面も捉えることを忘れていない。文章は、簡潔で冷静な筆致で一貫しているが、これほどに多様でダイナミックなアメリカの知と産業界の最前線を、まさにwhole silicon valley catalogueのごとく整理して見せた著者の力量は圧巻と言っていい。今年のベストビジネス書の一冊に数えられて不思議はないと思う。