加藤周一、米原万里と行くチェコの旅

加藤周一、米原万里と行くチェコの旅 の詳細

チェコへのツアーを舞台に、中欧の歴史や社会について考える、異色の”旅行案内書”である。直接的なチェコ旅行案内の本ではないが、この本を読んだ上でチェコへ行けば、同じ風景や歴史的遺産を見るにしても、その見方が大きく変わってくるだろうし、より深い理解が得られるだろう。チェコゆかりの加藤周一さん、米原万里さんの足跡と思い出をたどりながら、小森陽一さん、金平茂紀さん、そして辛淑玉さんの三人が、ツアー参加者の前でそれぞれの思いを語る。狭い枠にとどまらず、社会全般について、一家言持つ錚々たるメンバーなだけに、鋭く、刺激的で、とても読ませる本に仕上がっている。いわゆる、“プラハの春”や“ビロード革命”をキーワードに、ハプスブルク家やナチスやソ連の支配に翻弄されてきたチェコの悲劇が様々な視点で語られる。いわば“教養書”に属する本で、処々に日本の現政権批判や基地問題などでの日本社会に対する懸念など、日本に引き付けた言説が出てくるが、それは、本書の表題に加藤周一さんや米原万里さんの名が冠されている以上、そしてツアーガイド役のお三方の名を見れば、ある程度予想されることだろうし、同様の事を思っている日本人も多い。それよりも何よりも、特段、大きな政治的バイアスがかかっているとも思われないこんな、知的好奇心をいたく刺激する教養書までもが、焚書されかねないような今の日本社会の状況に、怖さと危うさを感じる。第一次大戦時の日本のシベリア出兵の主要な目的が、当時ロシアに拠点をおき、連合国側に立って参戦していたチェコの軍団（チェコ自体は、オーストリア・ハンガリー帝国の一部として当然、ドイツ側で参戦していたが）を救出することにあったことや、中欧諸国でも現在、難民問題を背景に、右翼勢力が力を増しつつあること等、一般にはあまり知られていない興味深い話も各所に鏤められていて、とても勉強にもなる本でもある。この本が、多くの人の目に触れんことを願う。さて、これから、本書によく登場する、加藤さんの『私にとっての20世紀』と米原さんの『ロシアは今日も荒れ模様』を読み返してみることにしよう。